【エッセイ】ババ活と源吉兆庵の白あんおやき【誰でも・フリー記事】
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イラスト・西村禮
三ヶ月ごとに拠点を移して暮らしていると、都会と地方では、楽しみ方まで少しずつ変わってくる。
北海道にいるあいだは、主に自然を味わう。
東京に戻れば、今度は街の恩恵を存分に受ける。老舗の菓子司をのぞいて歩くのも、そのひとつだ。
なかでも日本橋、銀座、有楽町あたりは格別におもしろい。
「こんなにニッチなものの専門店があるのか」と、思わず足を止めてしまうことがある。
家から出やすいこともあって、このところ休みの日は銀ブラをするようになった。
ホワイトデーの銀座は、前から来る人とすれ違うのも難しいくらいの賑わいだった。
中央通りが歩行者天国になっているのを見て、ああ、今日は世間がちゃんと休みの日なのだと気づく。
東京の土地勘が少しずつついてきてから、この街は意外とよく歩ける街だと思うようになった。数キロくらいなら平気で歩けるし、その途中にはたいてい、自分なりのお気に入りの場所がある。
渋谷や新宿は、学生の頃にずいぶん通った。
そのせいか、今はもう用事がない限りあまり行きたいと思わない。
若者の分布から少しずつ外れつつある私は、あのあたりで買うものも、もうあまりない。
そのかわり、ここのところ和菓子のおいしさが沁みる。
あんこが好きになったのは、いつからだろう。
子どもの頃、祖母の家に行くと、仏壇に供えてあるどら焼きのあんこを捨てて、皮だけ剥がして食べるのが好きだった。あんこは祖母が食べてくれていた気がする。
そんな私が、いまでは銀座という和菓子のメッカで、お気に入りの菓子司を求めて店をはしごしているのだから、人の好みというのは本当に変わる。
私はこの活動を、ひそかに「ババ活」と呼んでいる。

源吉兆庵の銀座本店
車のいない中央通りは、いつもよりずっとひらけて見える。その先に、源吉兆庵のビルが荘厳にどんと構えていた。
自社農園で育てた果物を使うなど、和菓子ブランドの中でも一線を画していると思う。羽田空港で一度買って以来、ここのフルーツ菓子がすっかり好きになった。
店内に入ると、まず目に飛び込んでくるのは、繊細で鮮やかな銘菓たち。
けれど、この日の私の心をさらったのは、「白あんおやき」のポップだった。
白あんって、粒が入ってたっけ。
白あんといえば、こしあんの印象が強い。

焼き目も美しい
とら模様の皮に、ごろりと大ぶりの白粒あん。そんなものを見せられて、心が動かないわけがない。
帰ったら、これでお茶にしよう。そう決めた。
ほくほくした気持ちで店を出ると、高級ブランドのショッパーを腕にかけた女性たちが、私を追い越していった。私の手には、白あんおやき。ちなみに、果実ようかんもしっかり買っている。
源吉兆庵だって、路線は違えど十分に高級だ。
私は今日、バッグや時計では得られない幸福に、このおやきで浸るのだ。
宣言どおり、家に帰るなり私はよそ行きの服を脱ぎ捨てた。無駄のない手つきであずき茶を淹れ、ソファにあと五十時間は動かない覚悟で腰を下ろす。
そして、「白あんおやき」を開封した。ふわっと黒糖が匂い立つ。
ひと口頬張ると、甘さ控えめの上品な白あんが、さらりとなめらかにほどけていく。
「う、うまい…」
老舗の和菓子なのに、どこか都会を感じた。
洗練されている、というのは、たぶんこういうことを言うのだろう。
「粒あんは皮の食感が苦手」という人もいるけれど、この白粒あんなら、そういう人でも食べられる気がする。皮はどこへ行ったのかと思うくらい、まったく気にならない。
頬張りながら、次に来たら何を買おうか、そればかり考えていた。

しばらく楽しむはずが、一日でなくなった
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